化猫 現実 あとにゃんにゃん♪






 私は猫じゃない。
 宇佐見蓮子は人間である。
 少なくとも明け方に寝るまではそうだった筈なのだけど、起きてみたらなんともちんちくりんな姿になっていた。自慢の黒髪からはふわふわとした獣耳が生え、ちょっと口に出すのは恥ずかしいところからは尻尾が生えている。
 昨日何か変なものを食べたかしらと思い返してみたら、メリーが買ってきた「さまよえるねこまんま」などという怪しい物を食べたことに行き当たった。アレが原因? そんな馬鹿な。
 せっかくなのでそのふわふわとした耳を触って悦に浸っていると、もぞもぞと隣で寝ていたメリーが起き出した。
「蓮子、起きたの? ……蓮子?」
 疑問系にしないでほしい。私は正真正銘宇佐見蓮子だ。
 そう抗議しようとして口を開いた。まではよかったのだが。
「にゃあ」
 変な声が出た。少なくとも人間のものではないような。獣っぽいような。それこそ……
「にゃあぁ……」
 猫のような。
「にゃあっ、にゃあぁ、うにゃー……」
 とりあえず助けと理解が欲しくて、メリーに必死に訴える。なんだかよくわからないことになったけれど、私達秘封倶楽部の絆は固いはず。言語の壁に阻まれようとも、メリーならば私の言いたいことを理解してくれる。私を助けてくれる。
「蓮子……」
 そう私は信じていたのだけど、どうもメリーの様子がおかしい。口から甘い吐息が漏れ、頬に手を当て、蕩けた目で私を見ている。えっ、と思った時にはもう遅く、メリーが奇声を上げながら、私に飛び込んできた。
「かわいいー!」
 ……ぎゅう。私はメリーにのしかかられ、まさに不機嫌な猫のような声をあげた。私を振り回し、抱きしめ、撫で回す。それにしても重過ぎる。きっとその胸についてる余計な脂肪のせいだ。よこせ。
「はあぁ、蓮子あなたどうしちゃったの? うん、猫になっちゃったことはわかるけど」
 さんざん私を弄んだ後で、ようやく話を聞く気になったようで、彼女は私の顔をじっと見つめた。というか猫になったわけじゃなくて耳と尻尾が生えて「にゃあ」としか話せなくなっただけだけど、今ここでそれを長々と抗議しても時間の無駄だろう。とにかくメリーに元に戻る方法を探してもらわなければ。そう思って、身振り手振りで意思疎通を試みる。
「にゃっ、にゃあっ、みゃあ!」
 手をぱたぱたと動かしているはずなのに、なぜか耳と尻尾も一緒に動く。耳と尻尾なんて今まで動かしたことなんてなかったので、止め方がわからない。
「…………」
 そんな私の様子を見て、メリーは最後に静かに言った。
「わかったわ、蓮子。しっかりウチで飼ってあげるから安心して!」
 何をわかったんだあんたは。ミジンコほどもわかってないじゃないか。あと口の端のよだれを拭け。ばっちい。
「キャットフード買ってこなきゃ」
 え、それ私が食べるの? お箸使っていい?
「あと猫用のトイレよね」
 体は人間なのに? 何そのプレイ。
「とりあえず名前が必要よね。何がいいかしら……」
 名前って、既に私には宇佐見蓮子って名前があるじゃないか。それで何か不都合があるのか。
 抗議の声を上げたくても、どうせみゃあとかにゃあとかしか言えないのだから時間の無駄だ。私はしばらく黙っていることにした。
しかしそのうちに彼女の思考はさらにエスカレートしていく。
「せっかくだからかわいい名前がいいわよね。もともと宇佐見蓮子って名前だから、それに似た感じがいいかしら」
 だから似た感じも何も、宇佐見蓮子が私の名前なんだってば。不快感を表情で表すも、恍惚状態のメリーは私を見てすらいない。
「そう、これよ! これだわ! あなたの名前は、宇佐見にゃんこよ!」
 私は引っかいた。爪は生えてなくてもバリバリと引っかいた。
「やめて! 痛い、ちょっと痛いって」
 私に引っかかれた腕をさすりつつ、メリーは呟いた。
「私はいいと思うんだけどなぁ、宇佐見にゃんこ。はいにゃんこちゃん、お手!」
 噛みついた。頭にきたので噛みついた。メリーの細くて綺麗な指に、おもいっきり噛みついてやった。
「痛っ……!」
 その細い指から、赤い液体が滴り落ちた。
 やりすぎたと思った。力を入れすぎた。ほんのちょっと、甘噛みするつもりだったのだ。怪我をさせようなんて思わなかった。
「ちょ、蓮子?」
 無意識だったかもしれない。私は、彼女の指を口に含んだ。
 傷口に舌を這わせ、丁寧に消毒していく。
「や……蓮子、ちょっと……ダメ、だって……」
 メリーが何か言っているが、聞く気などない。せめて血が止まるまでは。
 しかしそうしているうちに、彼女の頬は紅潮し、口からは色っぽい吐息が漏れる。
「んっ、やっ……んんっ……!」
 艶のある声。それを聞くうちに、私の中にある感情が芽生えてきた。
 ーーちょっといたずらしてやろうかしら。
 彼女の手首をぐっと掴み、強引に引き寄せる。
「きゃっ……」
 その柔らかい体を抱きとめ、私は早速行動に移った。指から口を離し、彼女の首筋をゆっくりと舌でなぞる。下から上へ、舐めあげるように。
「ひゃっ、やっ、こら蓮子……! やめなさっ……」
 口ではそう言っても無理に離れようとなんてしない。私は鎖骨を噛むように口に含み、舌を転がす。手が空いていたので背中を指で撫でてやると、甲高い声があがった。
「あああ! うぅっ、んっ、蓮子の、バカぁ……!」
 さっきまで私のことをにゃんことか呼んでいたくせに、もう蓮子に戻っている。調子がいいのは嫌いなので、次は耳あたりを舐めることにした。
「うにゃー、にゃんっ、にゃ、にゃ……?」
 彼女の耳に突撃しようとしたところで、変なものを見た。視界の端に映った、透明なもの。目から流れ落ちる、一粒の雫。
 涙だ。
 そう理解したとき、頭の中が真っ白になって、私は固まってしまった。
「ばかばかばか蓮子のばかー……」
 泣きじゃくるメリーに対し、私はどうしていいかわからない。狼狽えたまま時間が過ぎる。話せない今の私は、謝ることすらできなくて。それでも何かしなければと思った私は、メリーの頬にそっと近づいた。
 ぺろっ。
 彼女から流れ落ちる涙を止めようと、その雫を舐めとった。これが私に出来る精一杯の謝罪だと、夢中になって涙を拭った。
「にゃー……」
 そんな必死になっている私を見て、メリーはようやくこぼれるような笑みを見せた。
「くすっ、もう……思考まで猫みたいになっっちゃったのかしら」
 そうかもしれないね、と私は心の中で呟く。もうこのまま戻らなかったら、それこそメリーに飼ってもらうのもいいかもしれない。私はそう思ったのだけど、メリーにはもうそんな気はないようだった。
「元に戻ったら、いっぱい責任とってもらうんだから……」
 彼女はそう言って、私の頬に手を添える。近づいてくるメリーの顔。目を瞑って、そっと。
「んっ……」
「にゅ、んふっ……」
 ベッドに転がって、そのままもつれて。服も髪もくしゃくしゃにして、私たちは、二人の世界に溺れた。
「ちゅっ……ふふ、蓮子かわいい……」
「にゃあぁ、なー……」
 耳をいじられて、首を撫でられて。もう私は、その先は覚えてはいない。

「戻ったわ!」
 いつの間に寝てしまったのかわからないけれど、起きた時には人間の姿に戻っていた。安堵するのもつかの間、私は隣から聞こえてきた声に戦慄することになる。
「にゃ、にゃあ……」
 そこにいたのは、まさしく。
「マエリベリー・にゃーん……!」
















                  あとがき

再配布おkということで。
しかしなんか縦書きで書いたものを横で見ると若干の違和感があるね。
削ったところも多いのだけど、これは私の計画性のなさなのでどうにもw



まぁ真面目くさいこと書いたけど結局は


こ れ は ひ ど い


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